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今日のテーマは「50代早期退職生活 退職1年 得たもの、失ったもの」です。

結論は「得たものは、思索・内省など内的なもの、失ったものは、社会的立場や収入などの外的なもの」です。当たり前のことを書いていますが、やはり退職1年を振り返ると、陳腐な感想かもしれませんが、そうなってしまいます。

先日の朝、家事をして、昼前に買い物ほか済ませ、午後に市役所に手続きにいったところ、思いのほか手続きが早く終了したので、気が向いて、ちょうど池の外周を1周歩くと、1時間弱/5000-6000歩の素敵な場所があり、そこを歩きました。いろんな事を考えるには遊歩道の作りも景色もいい感じの場所です。退職しておおよそ1年間になり、得たもの、失ったもの、新たに知ったりしたこと、などを考えていました。結論の結論なのですが、「今のところ、もちろん失ったものへの後悔や未練がゼロという訳にはいきませんが、この道を選んだことも悪くなかったかな、と心の奥底が言っている思う」です。

失ったものは比較的簡単に思いつきます。社会的な立場、収入、仕事がらみで使うサービスの各種ステイタスなどの外的なものです。この部分は自分ではある程度は覚悟の上ですので、未練や後悔がゼロとは言えませんが(たまには、前は・・・・や、辞めてなければ・・・・と正直思うこともあります)、まあ自分なりに不必要な見栄やプライドの部分などを少しずつ落としていきながら、でも最低限の自信や尊厳は捨ててしまわないように、バランスを探りながら暮らしているところです。早期退職したことでの、ダメージを受けているとしたら、むしろ家族かもしれません。やはり大手企業で、ずっと全国飛び回っているお父さん、のほうが、無職で家にいて、いろいろ考え事しているお父さん、より外聞はいいでしょうから、そこの外的な部分が、内的な変な影響にならなければいいな、と思う次第ですが。

得たものは、何だろう?と、考えていたのですが、外面的や物的なものでないので、とても難しく感じました。例えば、今も思い立ったらすぐ、1時間も池の周りを思索しながら歩いている、という時間の自由、行動の自由を得ているとも言えるでしょうが、これが得たもの?欲しかったもの?と思うと、うーん、、という気持ちです。(会社員時代でも自分で調整し、工夫し、時間や行動の自由も今ほどではないが得ていたようにも思いますし・・・)いろいろ思案したなか、最後はやっぱり自分の心と向き合い、考え、思索し、内省し、家族の将来にも同様に向き合い、自分にできることを考え抜くことができるようになったのは、退職生活を始めてからですし、退職生活のお陰です。パラドックスなのですが、本当は会社員にそうあるべきと思うのですが、不器用なのか、欠けているものがあるのか、わたしは両立かなわず、退職して、会社への時間や拘束を物心両面離れ、今と将来の家族や自分の動向を突き付けられ、やっと心から目を向けることができた、という現状です。この部分がとても大切で有難く、今のところ、得たものはここかなと思っていますが、今後いろんな心境変化もあるのかもしれません。

最後までお付き合い頂き、心より感謝いたします。良い日をお迎え下さい。

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