「こう」です。ご覧頂き、たいへん有難うございます。

今日のテーマは「アーリーリタイア生活の幸せと矛盾」です。

結論は「アーリーリタイア生活の幸せを感じる時、後ろめたい気持ちを感じる時がある。もっと幸せを堪能できないと駄目と思うのですが、世代なのか性なのか・・・」です。

素敵な景色で澄んだ気持ちを味わえた朝の散歩、家族の幸せな顔に立ち会えた日、今までの会社員時代には心に留めることが出来なかったふれあいや人間模様、そんな出会いがあると、もし会社員を続けていいたらこの発見や幸せに立ち会えたり、出会えなかったなと思うことがあります。

とても幸せを思うと同時に、同世代のほとんどが苦心して働いている中、こんな自由でかつ幸せな場面を迎えていていいのかな?と思う自分がいます。せっかく手に入れた生活でかつ幸せな場面でそんなこと思うなんてどうしようもないと思う自分もいるのですが、汗水たらして働く美徳の教えを受けた世代ゆえなのか、自分のもつ本性なのか、あるいは自身の好みなのか、つい幸せな場面=こんなんでいいのか、の思いに駆られます。

せっかくの幸せな場面を迎えるのであれば、今の暮らしも過去の自分が手に入れたもの、自分の成果であるのだと思い込めたり、胸を張れるといいのにな、と思うのですが、実際にはそうもいかないようです。逆にとても厳しい場面でも、この不幸だけが自分のすべてではなく良いこともあるのだからと思える天邪鬼さで助けられていることもあるので、この考え方も悪いことばかりではないのかもしれません。

ただアーリーリタイアしてよかった、アーリーリタイアして幸せだった、と思う場面で、これでいいのだろうか?と後ろめたい思いを感じるとせっかくのアーリーリタイア生活の幸せを十二分に堪能できないという矛盾ではあります。アーリーリタイア生活の皆さん、もっとスカっと楽しまれているのか?と思いながらうじうじ思う自分と付き合っていかざる得ない愚痴です、読んで付き合って頂き有難うございます。

最後まで有難うございます。良い日でありますように。


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