「こう」です。ご覧頂き、大変感謝です。

今日のテーマは「早期退職生活 さよならのかわりに♪♪」です。

結論は「終活は言い過ぎですが、今まで加入したり愛用した施設やサービスの卒活をしつつあります。今まで感謝の思いで愛用していた所は勿論、やや不愉快に思っていた場所ですらも、もうお別れと思うと、今まで有難うの思いや感謝が募ります」です。

山口百恵さんのラストソングを比喩に使わせてもらうのはどうか??とも思うのですが、今まで愛用していた施設やサービスを離れると思うと、郷愁があります。

お世話になった先、大好きだった場所は名残惜しいですし、離れると思うととても寂しいです。

今までちょっとどうかな???と思っていたようなところ、やや不満に思っていたところやサービスでも、いざお別れと思うと急に愛着を思うのは、自分の我儘な部分だなと思います。

今やっている変化と引っ越しは、早期退職された方や無職50代の方に役に立ったり、このブログを始めた理由の1つの反面教師になれば嬉しいな!の思いの1つの核心のように、勝手に思っていますので、この先成功であれ失敗であれ完了したら、いくばくかの経験を書かせてもらえればなんて思っています。

現在の忙しさ、会社員時代から比べればなんてことない頻度・内容と折衝度合ですが、無職早期退職生活ひまおじさん歴3年を基準にすると、すごくたくさんの電話や折衝・手続きがあり、そして駆け引きもあるそれなりにせわしい日々となっています。

かつ蛇足ですが、会社員時代は何千万何億の案件で走り回ったり、即決もありましたが、やっぱり会社のお金だからできたことで、今自分の財産の話で、X千万円の売り買いや条件を即答しろ!と言われたらなかなか厳しいです、サラリーマン根性の極みです、思い知りますが決めていくしかありません、いい経験です。

話は全く変わってしまいますが、漢詩の一節に”人生即別離”というのがあるそうです。いろんな著名人がこの詩のことに触れています、わたしもいくつか愛読させてもらいました。

じんせいとは、すなわち、わかれである。これだけでも十分味わいあって深いのですが、更に深くしてくれる方々がいます。

井伏鱒二さんは、これを花に嵐のたとえもあるさ”さよならだけが人生だ”と読みます。”さよならだけが人生ならばまた来る春はなんだろう”と詠んだ寺山修司さんの感性とセンスには絶句です。

この井伏鱒二さんや寺山修司さんのことばや解釈のすごさにを、あまりにも持て余している早期退職者、無職のおっさん、自分との折り合いにずっと苦慮していますし、それがこのブログを書かせて頂いていることの、よきも悪しきも核心です。

さておき、この漢詩や井伏さん、寺山さんを知ることのできた人生に心から感謝しています。

そして最後に下賤なことにまたまた戻ってしまうのですが、卒活しているなかで、とても忙しいというのは、やっぱりぼやくことではなく、嬉しいことなのかもなど思ってます。

更にいったりきたりで恐縮で、また戻りますが、花に嵐のたとえもあるさ、さよならだけが人生だ(井伏鱒二)、素敵な詩ですが寺山修司さんの続きは、更にさらに心に刺さるものではないかと思っております。

最後までお付き合い頂き、心より感謝です。良い日でありますように。


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