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今日のテーマは「人生100年時代?をどこまで心配、予測可能か?」です。

結論は「しても分からないし、しょうがないけど、お金の計画や個人の出来事は想像だけはしておいてみる」です。人生の後半戦嫌なことやつらい事も多いのかもしれませんが、ちょっとは覚悟を決める意味でもお金の入出表と起こりそうなこと(介護や改修や子供関連の行事や自分の病気や・・)は定期的に記載、見直しをしてもいいかな、と考えています。

100歳というと50年はないにしてもずいぶん先で、例えば今から40年前は?と思い検索してみると、大平首相選挙中に倒れ鈴木善幸内閣誕生、山口百恵引退・松田聖子デビュー、モスクワオリンピックボイコット、となっています。そのころに今の2020年の予測をどこまで・・・。さらにもう40年前だと日独伊三国同盟締結の年で太平洋戦争開戦の前年です。その1940年に1980年山口百恵引退の年をどこまで想像できるか。。。社会が40年先、50年先にどうなっているかは少なくとも自分の想像力や能力では難しいそうです。今の社会の枠組みやもっている株や配当などはそのままあてにしていいのか、社会やルールが大きく変わるのか、猛烈な不況やインフレは来ないのか?心配するときりなくありますので、そこの部分は地球は大丈夫か、隕石は当たらないか、太陽系に何か異変は起きないのか、くらいの自分にはどうしようもない、よく判らない範疇として、大ごとがあったら仕方ない、のスタンスかなと思います。

かたや自分の健康がいつか健康でなくなることや、親の介護、子の行事、家や車の寿命、補修ほか時期が不明なものと分かっているものと混ざりますが、こちらは想定したり、予測したりしておいても覚悟の意味では損はないように思っています。必ず想定した通りに行かずに、何か想定外になると思いますが、想定外になること自体を想定・覚悟しておいていいかなと考えます。取りとめない内容になってますが、1年後、5年後、10年後、30年後、50年後と想像を巡らすことに楽しみを見出すことができたら”勝ち”かなと思います。実際には心配なことばっかり考えて、楽しみどころか苦しみな感じですが、もう少し達観できるようになるまで頑張ります。

最後までお付き合い頂き、心より感謝致します。良い日をお迎え下さい。

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